お元気さんトップ 津山の顔、顔、顔 津山の観光スポット FLOTトップ
津山で生まれた様々な方たちの知られざる素顔、行跡等をご紹介。
松平斉民さん

松平斉民
(まつだいらなりたみ)
一言

開国を進言した藩主斉民

1853年、ペリーがやってきて開国を勧めると、幕府は大名達の意見を聞きました。
斉民も開国を勧める意見書を出しています。「アメリカはイギリスから独立した大国である。戦っても、中国のアヘン戦争のように勝ち目はない。積極的に開国して貿易をしたほうがよい」というもので、洋学が盛んであった津山藩の、国際的視野の広さがみられます。
行跡


ペリーが乗っていた舟



ペリー来航図
(津山藩が絵師に書かせたもの)
(津山洋学資料館)
この斉民は将軍家斉の14子でした。津山松平家と養子縁組が決まったとき、津山藩は五万石から十万石になり、倉敷(今の林野)・久世・楢・池ヶ原・大崎・勝間田などが領地に加わりました。のちに小豆島31ヶ村も領地になりました。
庶民の教育のために、小性町に教諭所を開いたのもこの斉民です。

わたしたちの「津山の歴史」より抜粋